先日、とある知り合いがA型事業所を見に行った時に
「漢字は書けますか?」
「計算はできますか?」
という質問をされたという。
その知り合いは返答に困ってしまった、と話をしていた。
それもそのはず。
質問自体もざっくりとし過ぎていて、どこまでできれば「できる」なのかが明確になっていない。
またそれとは別の問題で
「何をもって『書ける』『計算できる』と評価するのか」という問題がある。
話は変わるが、あなたは「メガネ」や「コンタクトレンズ」を使っているだろうか。
裸眼では10m先の文字がぼやけて見えていても視力を矯正することで文字を読むことができるし、生活に支障をきたすことがなくなる。
それと同様で、私は正しい漢字を知っていれば「スマホで調べて書くことができる」のも「書ける」と評価するし、計算も電卓を使うことができれば問題ないと思う。
私は区分としての「障がい」と生活上の「障がい」をしっかり区別する必要があると思っている。
世の中にはさまざまな支援機器が流通している。
下肢欠損があり、義足を着けて100mを12秒台で走る人を「障がい者」と言えるだろうか。
電動車椅子で移動している人を「一人で移動できない人」と評価するだろうか。
思うように体が動かなくたって、視線入力装置やスイッチを活用すればパソコンを操作することができる。
家から出ることができなくたって、分身ロボットを使って接客をすることができる。
これからは「できない」を評価するのではなく、「何を使えばできるのか」を考える時代だ。
たくさんの「できる」を生き甲斐に繋げられる働き方を、これからしっかりと考えていきたいと思う。
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